15 十言神呪 誠(マ)字神呪

十言神呪

15 十言神呪 誠(マ)字神呪

Isiguro
Isiguro
今回は、誠(マ)字神呪です。
Kadota先生もこの誠(マ)字が十個の神呪のなかで最も難しいと言われていました
Isiguro
Isiguro
誠(マ)字神呪 
神歌は
まることは大きさざめの極みなり まこと開きて極みなきなり
主宰神は、住江大神です。

自然界は、大は宇宙より、小は分子原子電子素粒子に至るまで、
その極限は「まること」であり、球形である。

しかもその運動は無際限への展開である。
生きとして生けるもの、アメーバーから人間に至るまで、
その絶対価値は「まること」であり完全円満であり、
その個々の生命は、
更に高次元の完全さへの無限の進化・向上・昇華を続けている


すべての人間は、すべての物には、
大小・貴賤・美醜等々の相があり、
その両端には極限がありと思えるが、
それがひとたび「心」と直面し、
その相の成立にさかのぼって哲学する時、
一切の極限は否定される。
Isiguro
Isiguro
道の道として、法則的展開の中に入っているが、
神呪のキーワードはまさしく(法則)です。


法則は、道の道の法則ばかりでなく、
祭の道や霊の道にも存在するものです。


ですからこのマ字の法則は道の道の最上位にありますが、
組立全体を貫いているものです。

法則は正義と考えていいでしょうが、生成化育。
信賞必罰です。もっと簡単に言えば自然法則、因果です。

ここでいう法則は、人間世界における最も低い道徳と言われる法律とは違います。宇宙を貫く法則です。

ですから、天津神としての住江大神のお働きは、
あらゆる面において少彦名命とともに重要です。

常に真理を下さる住江大神と、
伝えた真理の歪みを正そうとされる少彦名命
です。

これが次の用(テ)字神呪、即ち(因縁)という問題になります。
Isiguro
Isiguro
神歌にある「まこと開き」が重要です。
法の中にまこと開きがあります。

「まこと開きて極みなきなり」とは、
永遠にそのまこと開きをなして進まなければならない。
人間の誠というものは、尽くしても尽くしきれるものではない。

現世だけでなく次の世においても、
同様に誠開きを為していかねばなりません。

現世の人生だけを考えたものではありません。
限りなき誠の展開、それをまこと開きの別の表現として(信仰)とします。

この信仰はご利益を願うものではなく、
真理を体得するための純粋な信仰のことです。


あるいは神様と結びつけるものと言ってもいいでしょう。
信仰が今一つのキーワードです。
Isiguro
Isiguro
誠(マ)字観法を実行することは、
単純にこの現象界の中でうまく生活する道徳を求める、
というだけではないのです。
もっと上の世界への希求、宇宙の真理と一体になることです。

以上で、誠(マ)字神呪のお話を終わります。次回は用(テ)字の神呪をお話します。ありがとうございました。
管理人wataame
管理人wataame
はい。ありがとうございました。
次回もお願いします。
管理人の補足
管理人の補足

今回のお話は、十言神呪のp64-65を参照にしています。

こちらのサイトは、石黒豊信先生が発行している三統義会 真澄哲学に関する書籍を忘備録的に書き綴っています。

十言神呪は、著者は石黒豊信 発行所はミヤオビパブリッシング 発売元は(株)宮帯出版社です。宮帯出版のWebサイトをはじめ、物販の取り扱いをしているWebサイトで入手可能です。

多くの方がこの真澄哲学に興味を持って実践し、人生の幸せを見つけることを祈念しています。

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