2 霊学について(1)

法絲帖(地の巻)を参照にしてお話しています。 真澄

霊学について(1) 

一(ヒト)・二(フタ)・三四(ミヨ)・五(イツ)・六(ムユ)・七八(ナナヤ)・九十(ココノタリ)・百(モモ)・千万(チヨロズ)

 

Kadota先生
Kadota先生
今回は、三統義の霊の道の前に、霊学についてお話します。
霊学とは霊的に人間とは何かということを知っていただくために
(1) 自分とは何ですか
(2) ヒト(自分)はどこから来たのか

をお話します。とても興味深いお話ですが、日本語、即ち言霊のすばらしさも触れることができると思います。常識破りのお話もあるとは思いますが、聞いてくださいね。
管理人wataame
管理人wataame
はい。でも自分が何で、どこから来たのか、なんて話は面白そうですね。
Kadota先生
Kadota先生
最初からぶっ飛んだ話をしますが、似たような話は巷にはあふれているので、もしかしたらご存じかもしれません。
Kadota先生
Kadota先生
まず、一、二、三四、五、六、七八、九十、百、千万と数字が上昇していますが、この漢字を読めますか
管理人wataame
管理人wataame
うーん、昔の数字の数え方だよね。百と千万は何と読むの
Kadota先生
Kadota先生
一(ヒト)・二(フタ)・三四(ミヨ)・五(イツ)・六(ムユ)・七八(ナナヤ)・九十(ココノタリ)・百(モモ)・千万(チヨロズ)

と読みます。これは、神歌であり、私が神様をお呼び致します時にこの神歌を歌います。
管理人wataame
管理人wataame
順番に数字を読んでいくのが神歌なのですか。
Kadota先生
Kadota先生
数字は数霊といって数字には意味があり、力が宿っていると考えられています。
では、何故に数字を歌って神様をお呼びするのかと言いますと、それは祭りの方でいきますと神様と人間の約束事なのです。
Kadota先生
Kadota先生
神様の世界を神界といいます。神界には、第一~第五段の神様がおられます。五段目の一番奥の神様をお呼びするためには、言霊を一、二、三四、五、六、七八、九十、百、千万と昇り、千万、百、九十、七八、六、五、三四、二、一、と下り、また昇り下りして五段上昇し、そして最後にお迎えをして来るというので、あの一(ヒト)・二(フタ)・三四(ミヨ)・五(イツ)・六(ムユ)・七八(ナナヤ)・九十(ココノタリ)・百(モモ)・千万(チヨロズ)と組まれているのです。この数字の読み、上昇には大事な霊的な意味があります。
それを今から説明しますね。
Kadota先生
Kadota先生
次の図を見てください。
この表は、私たち人間、いや自分自身を構成する要素をわかりやすく図示したものです。
お気づきのとおり、ヒト・フタ・ミヨ・イツという名前が登場しています。数字の一、二、三四、五の呼び名です。
これが人間なんです。そういう複合体なんですけど、
神様はこう申しています。
「ヒト我ならず、 フタ我ならず ミヨ・イツ我ならず ヒト・フタ・ミヨ・イツ皆我ならず」
一つ一つは自分ではなく、すべて合わせたものも自分ではない。

これは一即多、多即一の哲学というものです。または後でお話しますが、十言神呪の誠字の神呪でその意をつかんでください。
管理人wataame
管理人wataame
ヒト以外のフタ・ミヨ・イツに直霊や守護霊、守護神といった漢字が充てられ、それぞれに意味があるようですね。

ヒトは漢字が充てられてないことが気になります。この表からは、私自身とは、多くの霊たちに影響されているように感じますね。

私が知っている私は、実は本当の私ではないこともあるように思いますね。
Kadota先生
Kadota先生
そうだね。悟りとか仏性が現われるなどといった言葉があるように、知っている自分と本来の自分は違うんだということを、もう少し深堀して次の機会にお話しします。お話が長くなりそうなので。
管理人wataame
管理人wataame
えー、残念。でも、楽しみにしています。次回もよろしくお願いします。
管理人の補足
管理人の補足

今回のお話は、法絲帖(地の巻)p57、p64を参照してします。法絲帖は、著者は門田博治 発行者は三統義塾、石黒豊信 印刷は中澤印刷株式会社です。残念ながら絶版で、入手が困難な書籍です。 こちらのサイトは、法絲帖を含めて石黒博治先生が発行している三統義会 真澄哲学に関する書籍を忘備録的に書き綴っています。この真澄哲学に興味を持って実践し、人生の幸せを見つけることを祈念しています。

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